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「福島第二は当時、冷却機能停止、大惨事と紙一重だった」と

キーワード:冷却機能停止、大惨事と紙一重だった…福島第二原発 巨大津波
(2012年2月9日01時35分 読売新聞の記事より)
20120209a.jpg
4号機の圧力容器底部。第一原発では、ケーブルがついている中性子の計測管などから燃料が落下したとみられる

東日本大震災で被災した東京電力福島第二原子力発電所(福島県楢葉町、富岡町)が8日、震災後初めて報道陣に公開された。
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震災当時から現場を指揮してきた増田尚宏所長(53)は、報道陣に対し、「(大惨事を招いた)福島第一原発と同様の事態まで、紙一重だった」と震災直後の緊迫した状況を振り返った。

第二原発とメルトダウン(炉心溶融)に至った第一原発の距離はわずか約12キロ・メートル。襲来した津波は第一原発の13メートルに対して第二原発は9メートルだったが、海岸近くにある原子炉を冷却するための海水ポンプの機能が奪われ、原子炉4基中3基が一時危険な状態に陥った。しかし、外部からの高圧送電線が1回線生き残り、中央制御室で原子炉の温度や水位などのデータが把握できた。必要な対策を見極め、事故4日後の3月15日までに全号機で冷温停止にこぎ着け、放射性物質は外部に漏れなかった。「原子炉の状態をつかめなかった第一原発とは大きく違った」と増田所長は指摘する。ただ、復旧までの道のりは険しく、総力戦だった。
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[管理人の感想]
増田所長は記者団に「東日本大震災の発生(2011.3.11)が金曜日の午後だったことは幸いだった。当時、発電所にいた2000人で復旧に当たった。もし夜中や土日だったら所員は当直など40人ほどに限られるので対応は難しかっただろう」と語ったというが、原発の事故が“運が良かった”では済まされない。
  

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趣味は、ドライブ、花の観賞、旅行、パソコン、カメラ、軽音楽を聞くことです。健康・医療問題にも関心があります。東日本大震災と福島原発事故は人生観と生活習慣を変えました。
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